鯉を鑑賞する上での魅力は、なんといっても泳ぐ姿の優美さにあると言えるでしょう。淡水の王者にふさわしく悠然とし、かつ気品にあふれています。そんな鯉を表現した美術品を紹介します。
下の写真は伊万里焼(有田焼)で、製作はドイツ人のワグネルです。美しい鯉の姿に重なるように、透明感あふれる波紋が重なり、その重なり部分は光が屈折しているように絶妙な輪郭のズレと色彩の変化を見せています。もう一匹の鯉は奥から正面に向かって泳いでくる姿を描いています。この構成によりこの絵の奥行きがぐっと深みを増しています。鯉絵皿の傑作のひとつに数えられるでしょう。
ゴットフリート・ワグネル作 釉下彩鯉文 皿
出典)「古伊万里赤絵入門」中島誠之助 平凡社
ところで、鯉の正面からの絵を描く構図に関しては、これはヨーロッパ人と日本人との感性の違いが出て面白いと思います。他のページでも紹介した日本の鯉図は、決して正面からの構図は採用していません。それはおそらく、鯉の大きさ、優雅さ、力強さを表現するには、より魚体が見えやすい横あるいは斜めからの構図が都合がいいわけです。私ども鯉師が鯉を写真撮影する場合でも、ほとんどが魚体を横から撮影しますね。
これに対して、現代の欧米の鯉釣りサイトを見てもおわかりのように、鯉の真正面からの写真撮影が頻繁に採用されています。これは鯉の表情を表現しやすい構図で、鯉の人格(魚格?)を重視しているように私は考えています。この考えが正しいか否かは別の機会に譲るとして、ヨーロッパは伝統的に正面の構図に親しんできたと言えます。
さて、ワグネルについて少し説明しておきましょう。フルネームはゴットフリート・ワグネル(1831年~1892年)で、ドイツのハノーバー生まれです。スイスの工業学校で数学の教師をした後に溶鉱炉の建設に関わり、1868年(明治元年)に来日しました。石鹸工場建設や日本で最初の石炭焼成による窯の建設も行う一方で、ワグネル呉須と呼ばれている酸化コバルト希釈方法を指導しました。その後、東京大学の前身である大学校の講師を務めるかたわら、日本の美術工芸、化学工業、博物館、山林保護、窯業試験場など多岐にわたって活躍し、日本の発展に人生を捧げました。
下の壷は、明治中期に製作された伊万里焼(有田焼)です。製造元は300年の伝統を持ち、現代でもなお有田焼の技術を継承し続ける名門「香蘭社」です。
鯉の描写においては、前述のワグネルの作品と共通する部分が多く感じ取られます。波紋の表現や鯉の構図などは、明らかにワグネルの影響を受けています。
香蘭社製 色絵 貼花翡翠鯉文 壷
出典)「古伊万里赤絵入門」中島誠之助 平凡社
尚、本ページでは伊万里焼と有田焼の名称を併用していますが、両者は同義語で同じ備前磁器です。強いていえば古美術や陶磁史の分野におきましては、伊万里といえば江戸時代に作られた古伊万里を指しています。現在の佐賀県、長崎県一帯で生産されていました。
最後に、円山応挙の水墨画を紹介します。左の鯉図は、「滝登り図」のページで紹介した応挙の鯉図とペアで描かれたもので、滝登り図が右、本図が左側になります。
応挙作品にふさわしく、鯉の頭部、特に目の周辺に関しては実にリアルに描かれていて、絵から浮き出さんばかりの雰囲気が漂っています。さらに水の動きの描写が絶妙です。透明な水を水墨で表現するために最小限のタッチで描かれていますが、その一方で絵画の大半を占める水の部分は空白感がないどころか、むしろ優雅に泳ぎ回る鯉の自由空間の広がりを感じずにはおれません。江戸時代の鯉の水墨画の代表作に挙げられます。
円山応挙「鯉図」
出典)「水墨画の巨匠 応挙」講談社
以上三作品を紹介しましたが、淡水の王者を描くには、余計なものを一切排除した構図がもっとも合っているように感じます。そしてこうした名作を眺めていると、鯉の優美な姿に心穏やかになっていく感じがします。
参考文献
1)「古伊万里 赤絵入門」 中島誠之助 平凡社
2)「水墨画の巨匠 応挙」 安岡章太郎 佐々木丞平 講談社