鯉の芸術と民芸品 / 浮世絵(1)
東京名所四十八景 大川ばた百本杭 昇斎一景
この作品は明治4年頃に描かれたとされています。堂々たる体格をした鯉の口からは一本の釣り糸が伸び、まさに取り込まんとしている玉網がそばにさし出されている、臨場感あふれる作品です。大川ばた百本杭とは、現在の東京都墨田区横綱一丁目の隅田川左岸で、当時は防波のために数多くの乱杭が打ち込まれていたそうです。このあたりの俗称地名として「百本杭」あるいは「千本杭」などと呼ばれており、隅田川における釣りの名所のひとつとされていました。
出典)「浮世絵 一竿百趣」金森直治 つり人社 p121
武蔵百景之内 大川端百本くい 小林清親
前述の一景の作品に非常に近い題材ですが、より緊張感みなぎる作品がこれです。明治18年の作品で、乱立する杭の間を玉浮きを付けた道糸が水面を切りながら走ります。ぐっと水面に向けて引き込まれる穂先、水面からわずかに覗いた尾鰭。そしておそらく目一杯伸ばしているであろう玉網。魚体を描かずしてこれほどリアルに魚を表現しているのは見事です。この百本杭の辺りは汽水域ですから、クロダイやスズキなども釣れたようですが、この絵のシチュエーションから見て良型の鯉を思い描くのは私だけでしょうか?
出典)「浮世絵 一竿百趣」金森直治 つり人社 p113
参考文献
1)「浮世絵 一竿百趣」 金森直治 つり人社