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鯉の生態 / 呼吸
誰でも知っているように、魚は口から水を取り込みエラブタから水を排出することで呼吸しています。この単純な呼吸動作の影に、実は極めて精巧なエラのメカニズムが隠されています。ここではエラの構造と呼吸の仕組みについて解説します。
 
まず、下の写真は鯉のエラブタを軽く開けて見たところです。真っ赤なヒダが何段にも並んでいるのが見えます。真っ赤に見えるのは毛細血管がたくさん通って、血液の色が透けて見えているためです。

さらに詳しく見ると、一列のエラはつながっていないこと、それぞれのエラの列は少し長さがずれて見える所があることなどが写真からわかります。ではもっと詳しくお話ししていくことにします。
 
下図の通りエラは鰓耙(さいは)、鰓弓(さいきゅう)、鰓葉(さいよう)と呼ばれる部分からなっています。鰓耙は口から吸込まれた水の濾過器の役割をしており、固形物と水とに分離します。固形物とはエサの場合もあれば小石などの異物の場合もあります。鰓耙は口の内側に直接露出していますので、ここで選別された固形物が異物である場合は口から吐き出され、エサの場合は飲み込まれることになります。したがって魚の食性によってこの鰓耙の形態は大きく異なります。例えばプランクトンをエサとするヘラブナは微細なエサをとらえるために鰓耙が細かく緻密にできていますし、鯉は雑食性で比較的大きなエサをたべるので、ヘラブナよりも粗く短い鰓耙を持っています。また鰓耙は、骨質で白っぽい色をしています。

一本の鰓弓から2列の鰓葉が出ている鰓耙は鰓弓から出ていますが、これらは別組織でできています。鰓弓から後方には鰓葉が出ていて、これが水中の酸素を取り込むと同時に、体内の二酸化炭素を放出する働きをしています。鰓葉は鰓弁(さいべん)とも呼ばれます。 上に掲載した写真で真っ赤なエラが見えますが、これが鰓葉です。鰓葉は一枚の扇型のものではなく、一本一本の細い繊維状の器官が一列に並んで扇型を形成しています。さらに一本の鰓弓から2列の鰓葉が出ています。鰓弓は左右合わせて4本あり、鰓葉はその倍の8列あります。実はこれ以外にも鰓弓がなくて鰓葉のみが左右1セットずつありますが、これは偽鰓と呼ばれるもので、他の鰓葉に比べて小さく目立ちません。魚類学上は鰓葉は片側5セットとなっているそうですが、鰓弓はあくまでも片側4本しかありません。
 
大気中には酸素が21%あるのに対し、淡水中には0.005~0.006%程度しか存在しません。哺乳類の肺の酸素摂取効率が約20%なのに対して、もともと微量しか存在しない酸素で生きている魚類のエラは、約80%程度の酸素摂取効率です。この高効率を達成する鰓葉についてさらに詳しく説明します。
 
左下の図は鰓弓とそこから出た一対の鰓葉の断面図です。入鰓動脈からの血液は小入鰓動脈(赤線で示す)を経由して鰓葉に送り込まれます。鰓葉の表と裏にはさらい細かく二次鰓葉(または二次鰓弁)が並んでいて、その中の鰓毛細血管を通って小出鰓動脈(青線で示す)、さらに出鰓動脈へと戻っていきます。
 
右下の図に二次鰓葉の拡大模式図を示します。二次鰓葉の中は前述の通り鰓毛細血管が通っており、図中の赤矢印の方向に血液が流れています。一方鰓葉を通過する水の流れ方向は血液の流れと対向する方向になっていて、これによって高効率の酸素摂取が可能になっています。血流と水流が同一方向になっていたのでは、これほどの高効率は達成することはできません。この対向流の方式は古くから工業的にも利用されており、熱交換器に採用されている原理です。

 
参考文献1のデータをもとに、単位体重当りの鰓葉面積(c㎡/g)を下表にまとめてみました。マグロは常に泳いでいる回遊魚であるため体内の酸素消費量が多いと考えられます。そのためか単位体重当りの鰓葉面積が8.85(c㎡/g)と大きくなっています。カツオはさらに大きい値で、マアジはマグロに近い値になっています。マグロなどの回遊魚は一般に口をパクパクしてエラ呼吸するのではなく、口を開いて回遊することでエラに海水を送り込みます。
 
一方、鯉は1.39(c㎡/g)と、海水魚に比べて極めて小さい値になっています。鯉が生息する場所は、比較的水流が穏やかな場所が多く、泳ぎも普段はゆったりとしているため体内の酸素消費量も少ないと考えられます。従って、下表に示す海水魚や他の淡水魚に比べ、単位体重当りの鰓葉面積が小さくても済んでいるのではないかと私は考えています。

また、海水魚に比べて淡水魚、とりわけ鯉、鮒、ドジョウ、ウナギなどは水から出してもなかなか死なないようです。水から上げられるとエラ呼吸が停止しているので、その間は体内に蓄積されたグリコーゲンを消費して生きています。海水にくらべ淡水の方が環境変化が激しいために、それに耐えられる体に作られています。
 
私の記憶から、ひとつお話をしたいと思います。私の母方の祖母は、生前自分の家の堀で養殖している鯉を一匹お土産に持って来てくれたことがあります。昔のことですから、水から上げてから私の家につくまで数時間かかったはずです。鯉を濡らした新聞紙で包み、ビニール袋で包んでさらに風呂敷で背負い、バスに乗ってきてくれました。小さな体で大きな鯉を背負ってきた姿を今でも覚えています。その鯉を取り出すと、みごとに生きているのです。幼心に鯉の生命力の強さが強烈に印象に残っています。その後、すぐに料理されたのは言うまでもありません。
 
話を元に戻しましょう。エラは高度な機能を有している反面、非常に繊細な構造でもあります。私達が鯉を釣り上げた後で、もしもエラを傷つけるようなことがあると動脈から大量の出血が起こります。当然のことながらエラの動脈は心臓から極めて近いところにあるわけですから、エラの出血は死につながることは容易に想像できます。絶対に傷つけることがないよう、リリースまでの間気をつけて扱うようにしましょう。
 
また、もともと微量な溶存酸素量がさらに低下すると、魚の酸素摂取量に大きく影響することがこれまでの説明からもわかります。私ども鯉師が経験的に知っていることですが、天候が荒れた後に鯉の活性が上がったり、普段でも水通しのよい所に鯉が生息しているのは、溶存酸素量が大きな要因のひとつと言えます。
 
最後に、私どもが鯉を取り込む際に、何故何度か空気を吸わせるとおとなしくなるかを考えてみましょう。水中よりも桁違いに酸素が多い空気を吸っているに、元気がなくなるのは不思議な感じがします。
 
実はここが鰓葉の最大の欠点で、水中では前述のように高度な機能を有する鰓葉ですが、水から上げられると鰓葉、二次鰓葉がお互いぴったりくっついて、その機能を果たさなくなってしまうのです。空気を吸うから元気がなくなるのではなく、エラが水中から出ると鰓葉の機能が停止することで呼吸ができなくなり、元気がなくなっていたわけです。
 

参考文献
1)「釣りの科学」 森秀人 講談社
2)「魚の生活」 末広恭雄 ベースボールマガジン社

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