鯉を題材とした文学は多く見られます。その中から私が選んだ作品を紹介します。トム・オライリーの作品以外はすべて短編作品ですので、機会があったら目を通してみてはいかがでしょうか。
「鯉」 岡本綺堂
嘉永六年のお雛様の節句の日。不忍の池さらいで長さが三尺八寸余りの大鯉が捕れた。処分に困っていたところ若い男がこれを買い取り、さらには常磐津の師匠である女に渡ることになった。鯉はとある寺の池に放されたが間もなく生き絶える。その後この鯉に関係した者に次々と降りかかる不思議な死に方。
「妖鯉」 小田淳
時は元禄時代。若かりし頃は武道の達人であり、今は閑居の身で釣りを愛する主人公、大庭清左衛門。越後の知人を訪ねる道中で偶然知り合ったひとりの女「ゆき」。後に越後の池で清左衛門の仕掛けにかかった5尺の白鯉は、「ゆき」の本当の姿であった。
「孕みゴイ」 伊藤桂一
二十年近く前の話である。那珂川でカジカ釣りをしていると、30センチ近い鯉がかかった。見ると、腹が大きくふくらんだ産卵前の孕み(はらみ)ゴイ。この日はこの鯉一匹しか釣れず、持ち帰って鯉こくにした。以来ずっと孕みゴイが私の胸のどこかに引っ掛かっている。
「コーンウォールの池のほとりで」 The Spirit of the Pond トム・オライリー
池のほとりの家で育った。幼い頃に父に釣りを教わって以来、釣りから離れたことは一度もない。十歳で初めて鯉を釣り、大人になってもこの池の鯉を追い続けている。池の主の大鯉に「ダンドー」と名付ける。ある日、ついにダンドーがロッドを絞り込む日がやって来た。
「鯉」 井伏鱒二
学生時代に友人からもらった一匹の鯉。一尺の真っ白い色であった。初めは下宿の瓢箪池、後年は友人の愛人宅の池で飼うことになった。友人が死去した後大学のプールに放した。初めは姿を見せなかったが、ある朝王者のごとく泳ぐ鯉を見つけ、大いに感動する。
「還暦の鯉」 井伏鱒二
ある高校に、赴任して在勤三十年の教師がいた。年齢は60歳、還暦をむかえる頑固な教師だという。この教師の話しを聞いて、ふと最上川上流、上ノ山温泉にある旧家の鯉を思い出した。瓢箪池の大鯉の中で、とりわけ大きな一匹の鯉。60歳になる還暦の鯉である。
「春の野鯉釣り」 幸田露伴
鯉釣りは桜時分が最も良い季節である。四月のはじまりに、駆け出しの釣り師も大きなものをひとつかけて、それから鯉釣り熱という熱病にかかってしまう人もいる。しかし、たまの日曜半日くらいで楽しむのであれば、鯉釣りよりも鮒釣りのほうがいい。
「二貫目の鯉」 横山隆一
釣りが下手だが、釣りが好きな著者。鎌倉にできた釣り堀では、休業日に無理にたのんで糸を垂れるが釣れない。最大で二貫目の鯉が十匹やそこらいるというが、釣れたのは七寸くらいの鮒一匹。友人はそこで毎日のように鯉を上げている。
「頤和園(イーホーユエン)の鯉と外道たち」 西園寺公一
中国の頤和園は、日本では万寿山の名で知られる。その周辺にある昆明湖で、ふたりの息子を釣れて鯉釣りに行った。長男にきたのは緋鯉、そして次男にはなんとスッポンが。夕方からはぶっこみ釣りで桂魚をねらう。えさはなんと金魚。
「皇族に列せられた鯉」 西園寺公一
中国、唐の時代の話。皇帝の李は、鯉を売る・食べる・養殖を一切禁じた。鯉(りー)は李(りー)に通じるためというのが理由である。鯉は李とは前世の因縁が深い親戚として皇族に列せられることになった。
「星湖(シンフー)の鯉の早変り」 西園寺公一
中国、星湖でのウキ釣りにきた2キロ程の鯉を持ち帰り、周さんに渡した。さっそく夕食の卓に乗った清蒸鯉魚という鯉料理。その美味しさに感動したが、実はその鯉 、釣った鯉ではなく、文慶鯉という味のよさで有名なものを使った。星湖鯉が文慶鯉に早変りした。
「鯉」 上林暁
50なかばの父が、唯一つの人生の楽しみを託す鯉の飼育。近くで釣った鯉を自分の池に放し、寝ても覚めても鯉のことに気を使っている。そんな父と暮らしているうちに、僕は鯉が泳ぐのを見ていると、心が鎮まり、心が暢びやかになっていく。
「鯉」 齋藤茂吉
最上川の大鯉に関するエッセー。最上川で捕れたという二尺七寸から三尺あまりの鯉が売られていたという話だが、三尺あまりにもなると気味悪がって買わなかったという。
参考文献
1)「釣りの風景」 伊藤桂一 平凡社
2)「コーンウォールの池のほとりで The Sprit of the Pond」 トム・オライリー 翔泳社
3)「井伏鱒二全集 第1巻」 井伏鱒二 ちくま書房
4)「井伏鱒二文集 第3巻 釣の楽しみ」 井伏鱒二 ちくま書房
5)「日本の釣り文学1 釣りひと筋」 伊藤桂一、高橋治、森秀人 編 作品者
6)「日本の釣り文学2 夢に釣る」 伊藤桂一、高橋治、森秀人 編 作品者
7)「釣り六十年」 西園寺公一 二見書房
8)「日本の名随筆32 魚」 末廣恭雄 編 作品社
9)「元禄釣り侍」 小田淳 叢文社
10)「鯉」 岡本綺堂 サンデー毎日