<< PREV  |  MENU  |  NEXT >>
鯉の歴史と文化 / 日本の食文化と鯉

奈良時代の魚食文化

古事記(712年完成)、日本書紀(720年完成)では、鯉を含めて多くの魚介類が登場します。日本では古代から魚の食文化が発達していたことがこのことからも伺えます。古事記の編纂を命じた元明天皇が平城京に都を移した710年から、桓武天皇によって平安京に都を移した794年までの約80年間が奈良時代とされていますが、この時代の食文化は獣肉への依存度は小さく、魚肉の重要度が高まった時代でありました。魚肉の中でも特に淡水魚のサケ、マス、アユ、鯉、フナなどが最も重要な魚であったようです。当時は「魚がいちばん、鳥はそのつぎ。魚のなかでは川魚が上、海の魚は下、魚のなかでは鯉がいちばん、スズキがこれにつぐ」と言われており、鯉の重要度がわかります。その背景としては、内陸の京の都には鮮度のよい海水魚が運ばれにくく、淡水魚は手近なところで取れる新鮮な魚肉だったことが大きな理由と考えられます。
 

平安時代の魚食文化

桓武天皇が平安京に都を移した794年から源頼朝が征夷大将軍に就任した1192年までの約400年間が平安時代とされています。この時代は日本の魚料理の原点が出揃った時期になります。なます、すし、あつもの、あえもの、塩漬け、酢漬け、焼き物、つつみ焼き、蒸し物などがすでにできあがっています。
 

鎌倉時代の魚食文化

鎌倉時代(1185年-1333年)の作品である徒然草にも鯉料理が御前料理として登場しますし、室町時代(1138年-1573年)の作品「四条流包丁書」では「コイの調理こそが料理である」と明記されており、淡水魚優位はこの時代にも続いていたようです。
 

「食肉禁止令」の影響

さて、こうして日本の食文化を眺めてみますと、農耕文化が発達しても獣肉よりも魚肉が中心となっていますが、これは天武天皇(673年-686年)時代の影響が後々まで残っていたと考える人もいます。676年、天武天皇は「食肉禁止令」を発令しました。これは「牛、馬、犬、猿、鶏の肉を食べてはいけない」というものでした。これに至る時代背景としては、仏教が盛んになって四足動物を忌み嫌い、魚を尊ぶ風潮が生活に固定されたのです。この禁止令が後の奈良、平安、鎌倉時代の食文化、さらにはそれ以降の「魚食日本」を決定付けたと言っても過言ではないかもしれません。 (詳細は「禁漁のはじまり」のページ参照)
 

蒲鉾と鯉

蒲鉾の発祥は、神功皇后(170年-269年)が三韓渡航の途中で、魚肉に塩を混ぜてすり潰し、鉾に塗って焼かせたことに始まるとされています。後の1528年、室町時代の「宗五大双」に蒲の穂に似せて作ったとあり、これから蒲鉾と呼ぶようになったと記されているようです。室町時代の蒲鉾の原料はナマズや鯉が上等とされていたそうです。これが江戸時代になると、関西ではハモ、関東ではアマダイ、ヒラメ、キスが使われるようになり、現代ではスケトウダラやエソが使われています。
 

室町時代戦国期の陣中漬け

戦国期に活躍した武田信玄(1521年-1573年)は、川中島の戦いで負った刀傷を下部温泉で治療しました。保存食である陣中漬けは、この時に生み出されたものです。鯉を三枚におろして切り身にし、から揚げにしてから、しょうゆとみりんをベースにしたたれの中に1~2日漬け込みます。これを取り出して布に包み、水飴で溶いた味噌の中にさらに1ヵ月ほど漬け込んでできあがります。かなり濃い味で、長期保存が可能だということです。
 

江戸時代の魚食文化

江戸時代になると将軍のお膝元でタイが賞味されるようになりました。江戸前を擁しているため新鮮な海の魚介類が流通したためでしょう。この時代にはタイと鯉の優位性が逆転します。タイが「大位」と称されたのに 対して、鯉は「高位」から「小位」の字があてがわれました。それでも鯉料理は研究され続け、江戸時代前期に書かれた「本朝食鑑」では次のように記されています。「その味わい、産する所の水に拠りて好悪有り」 大阪淀川の鯉が一番、これに続いて京都宇治川、琵琶湖の鯉が挙げられ、「肉色は紅白を相交え、麗しきこと桃花の盛りに開きて露を含んで昼にかがやくが如し」と表現されている。関東浅草川(隅田川)の鯉も紹介されているが、水が濁っている上に海が近いので、味がいまひとつとされているようです。
 

江戸時代の切腹料理

日本においては長い歴史を持つ鯉料理ですが、一般に鯉は焼き魚にはされませんでした。明治時代に篠田鉱造が書いた「幕末明治・女百話」による江戸の風俗習慣では、鯉の生き作りは御祝儀にも使われますが、鯉の焼き物は不吉の場合のお膳につくとのことです。切腹前の御供膳(おみおぜん)に、鯉の焼き物が使われたようです。
 

現代の鯉料理

鯉の旬は春と冬と言われますが、特に「寒鯉」は春のものより味がよいといわれています。脂質含有量は6%で、ややあぶらがある程度です。タンパク質含有量は17%くらいで海の白身魚と同じくらいで す。養殖鯉は天然鯉よりも脂質含有量が多く10%あります。鯉の日本料理の代表には「鯉の洗い」「鯉こく」が挙げられます。 鯉料理の場合は味にクセがありますので、味噌仕立ての鯉こくや甘露煮のように濃い味付けにすることが重要です。昭和の半ばころまでは、私の故郷である東北では日常的に鯉料理を食べていた記憶があ りますが、現代では川魚料理店など特定の所以外では食べる機会がほとんどなくなりました。
 

参考文献
1)「お魚の分化誌」 有薗眞琴 舵社
2)「釣魚をめぐる博物誌」 長辻象平 角川書店
3)「全現代語訳 日本書紀 上/下」 宇治谷孟 講談社
4)「日本書紀 上」 井上光貞 監訳 中央公論者
5)「古事記(上)(中)(下)」 全訳注 次田真幸 講談社
6)「魚料理のサイエンス」 成瀬宇平 新潮社
7)「魚たちの風土記」 植条則夫 毎日新聞社

<< PREV  |  MENU  |  NEXT >>