水郷方面に行く方は良くご存じかと思いますが、梅雨の季節に毎年大量のユスリカが発生します。夜はヘッドライトに群がり、ドアを開けた隙に車内に飛び込んではうるさく飛び回ります。日中は蚊柱と呼ばれる群れをなして飛んでいます。本当に不快な虫ですが、彼らも自然の中で重要な役割を担っているんだろうと視点を変え、少し調べてみることにしました。自然界の食物連鎖の一部であるのは間違いないのですが、それ以外に湖沼におけるあの大量のユスリカの役割とは一体何でしょうか?
世の中には色々な方がいるもので、ユスリカについて研究している方がおられます。北海道大学大学院地球環境科学科の岩熊敏夫教授です。霞ヶ浦を中心に、湖沼のユスリカの生態を研究されています。このページでは、「水と生命の生態学(講談社)」に記載された研究成果を元に、私の解釈を織り交ぜながらお話したいと思います。
ユスリカの幼虫アカムシ
アカムシは寒鯉釣りの餌として、あるいは淡水魚全般の釣り餌として私たちはよく知っています。幼虫は水底の泥の中に筒状の巣を作り、その中に入って体を揺することで有機物を食べているそうです。この動作から「ユスリカ」と呼ばれるようになりました。ユスリカの幼虫のアカムシを餌にして寒鯉を狙う水郷の有名ポイントは、間違いなく泥底の場所です。有機物が多い富栄養化した湖では水底の酸素含有量が低いため、これに対応できるように幼虫の血液にはヘムエリトリンという赤い血液色素がふくまれます。そのため幼虫の体は赤い色をしていていて「アカムシ」と呼ばれるようになりました。
ユスリカの生態
ユスリカは非常に多くの種類がありますが、その中でもオオユスリカ、セスジユスリカ、アカムシユスリカが代表格です。霞ヶ浦で特に多いアカムシユスリカの幼虫は、冬の間に成長して、夏は泥の底に潜って夏眠をします。秋になると泥の表層付近でサナギになり、それが水面までのぼって成虫になります。成虫の期間はわずか一週間ほどしかなく、その間にオスのユスリカは木の枝など特定の目印に集まって蚊柱と呼ばれる群飛を形成します。オスの羽音に惹かれてメスが群飛の中に飛び込むとオスにつかまり、交尾したまま地上に落ちます。交尾が終わったメスのユスリカは、水面上に止って卵の塊を産み、卵は水中に沈んで水温15℃程度の場合2、3日で孵ります。アカムシユスリカの場合は二年の生活サイクルですが、その内地上に現れるのがたった一週間ということになります。尚、ユスリカの種類によって成虫になる時期が異なりますので、梅雨の時期に私たちが湖畔で遭遇するユスリカはアカムシユスリカ以外の種類であると考えられます。
霞ヶ浦の物質循環
(1)研究によると、年間の一次生産量は窒素13400トン、リン1350トンです。
(2)この内約半分が湖底に残留することが分かっています。
(3)一方、外部からの年間流入量は窒素2050トン、リン230トンと、圧倒的に一次生産量の方が多いことがわかります。
(4)年間に湖底に残留する量と流入する量の合計は窒素8750トン、リン900トンです。
(5)ユスリカの幼虫は湖底の有機物を食べて体内に取り込んで成長し、成虫になると湖外に飛び出していきます。これに伴って湖底物質が湖外に移動することになります。この量は窒素110トン、リン11トンです。
(6)従いまして、ユスリカが湖外に持ち出す量の比率を計算すると、窒素1.3%、リン1.2%ということになります。
ユスリカの役割
これまでお話しましたように、ユスリカは霞ヶ浦の湖底と湖外の物質循環の点で、約1パーセントの役割をはたしていることがお分かりになったと思います。これは、たかが1%と思われるかもしれませんが、逆に考えるとユスリカがいなくなるとこれまでよりも毎年1%ずつ多く有機物が蓄積され、汚染が進むことを意味していますので、決して小さな働きではないと思います。これからは釣り場でユスリカを見たら、「この虫も1%分の浄化の働きをしているんだな」と思うようになることでしょう。
ところで・・・
今回はユスリカをテーマにお話を進めてきましたが、やはり最後に気になるのが人間による環境汚染です。すでにお話した年間流入量は比率でいうと窒素23.4%、リン25.6%もあります。この流入量の原因については参考書籍には記載されていませんが、もしもこれが人間によるものであるとするならば、私たちは大いに反省し、ほんの些細な環境汚染物質でも自然界に放出しないように活動することが重要です。自然界の物質循環から見ると、人間はユスリカ達の1%の働きにも劣る存在となりかねません。