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ポーランドの養鯉

初版 2005.11.27

《要約》

  • ポーランドは第二次世界大戦後にソ連圏に入りましたが、1989年に民主化し、2004年にEU加盟を果たしました。
  • 養鯉は13世紀に修道院を起点として始まり、15世紀にはオシュビンツェムが中心地となりました。
  • ストラミンスキの著書やドビッシュの技術がヨーロッパ全体に影響を与えました。
  • 短い成育期間にもかかわらず、ポーランド人は鯉に深い情熱を注いでいます。

ポーランドの歩みと現在

第二次世界大戦中、ポーランドはドイツとソ連によって分割占領されました。戦後はソ連の影響下に置かれましたが、1989年に非社会主義政権が誕生して以来、民主化に成功をおさめています。国土の広さは日本のおよそ8割ほどで、人口は4,000万人弱。公用語はポーランド語です。2004年にはEU(欧州連合)にも加盟しました。
 

養鯉の始まりは修道院から

ポーランドで養魚池がつくられたのは、13世紀の半ばのことです。初めは修道院と関係の深い形で鯉の飼育が始まりました(詳細は「キリスト教と鯉」参照)。当時は粉をひくための水車が使われており、その水車を回すための水を利用して、養魚が行われていたようです。15世紀に入ると、オシュビンツェムという地域が養魚の中心となり、現在ではここがポーランドの養鯉発祥地とされています。
 

ヨーロッパに広がった鯉の知恵

この時代に書かれたストラミンスキの『養魚読本』は、19世紀に至るまで、ヨーロッパ各地で養鯉のマニュアルとして読み継がれました。
1870年には、ポーランド人のドビッシュの手によってヨーロッパの養魚技術が大きく進歩しました。なかでも彼が設計した産卵・孵化施設は、その後ヨーロッパにおける標準的なモデルとなっています。
 

過酷な気候のなかで受け継がれる情熱

20世紀後半には、ポーランドはヨーロッパ随一の養鯉生産量と養殖池面積を誇る国となりました。
ポーランドでは、水温が摂氏20度を超える期間は年間でわずか2か月程度しかありません。日本では6~7か月に及ぶことを考えると、鯉の成長条件としてはきわめて厳しいと言えます。そうした環境のなかでも、養鯉に情熱を注いできたポーランドの人々にとって、鯉という魚は、単なる食用魚を超えた、特別な存在だったのかもしれません。
 


参考文献
1)『魚の社会学』 加福竹一郎 共立出版
参考サイト
外務省ホームページ http://www.mofa.go.jp/mofaj/index.html