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釣りの研究室
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聴覚

初版 2005.11.27

《要約》

  • 母の実家では鯉を養殖しており、石を叩く音に反応して鯉が集まりエサを食べる。
  • 鯉は側線のほか、頭骨やウキブクロを通じた音波の伝達系統で音を感知している。
  • 内耳ではリンパ液と耳石、有毛細胞を通じて音の振動を感知し、聴覚中枢へ伝えている。
  • 鯉の可聴域は100〜700Hzで、人間より狭く低音域に限定される。時報の音との比較で理解しやすい。

の母の実家は、東北の内陸にある豪雪地帯にあります。昔から家族の食用として鯉を養殖していました。交通網が整っていなかった昔は、雪国において鯉は貴重なたんぱく源として、大切な役割を担っていたのです。
 
鯉のエサにはサナギを使っていました。エサを与える前に、堀の縁にある石を別の石で「コツコツ」と叩いていると、やがて鯉たちが群れをなして目の前に集まってきます。そこへヒシャクでエサを撒くと、勢いよく食いついてくる光景は、まさに迫力満点でした。鯉は「コツコツ」という音がエサの合図だということを、ちゃんと学習していたのです。
子どもの頃に見たこの光景は、今でも心の中に鮮明に残っています。
 
このページでは、「鯉はどのようにして音を感じ取っているのか」を、少し詳しく解説していきたいと思います。
 
人間の場合、空気の振動が外耳(耳たぶと外耳道)に入って鼓膜を震わせ、さらに中耳を通じて内耳に伝わることで、音を感知します。これに対して魚類は外耳を持たず、内耳だけで音を感じ取る仕組みになっているため、外から見ても聴覚器官は確認できません。
 
魚体の名称」のページでも触れましたが、魚には側線と呼ばれる器官があり、これは音を含む水中の圧力変化を感知することができます。鯉の場合、さらに2つの音波感知のしくみを持っています。
 
ひとつは、頭の骨が音波で振動し、その振動が内耳に伝わるルート。もうひとつは、鯉やフナに特有の仕組みで、ウキブクロ(浮き袋)が音波で振動し、これをウエーバー器官(左右に3対あり、小骨とも呼ばれます)が受け取って振動を増幅し、いったん「無対洞」で左右の振動を混ぜたのち、「横行管」を通って内耳に伝えるというルートです。
 
ウキブクロはかつて浮力を調整する器官として知られていましたが、近年の研究では、むしろ聴覚に関わる役割の重要性が見直されています。実際、ウキブクロを持たない魚よりも、持つ魚の方が音に対して敏感であることが明らかになってきています。
 

「魚との知恵比べ」川村軍蔵 成山堂書店 P87に加筆

 
次に、頭骨やウキブクロから伝わった振動が、最終的にたどり着く「内耳」の感覚器官について見ていきましょう。
 
先ほど述べたように、魚の内耳はリンパ液の中に浮いている構造です。その中にはいくつかの内耳室があり、それぞれに「耳石」と呼ばれる炭酸カルシウムでできた小さな石が入っています。これは人間の耳小骨と似た働きをしています。
 
音の振動はリンパ液と耳石の動きを引き起こし、それが感覚毛をもつ「有毛細胞」で受け取られます。この振動が神経を通じて聴覚中枢に伝わることで、魚は「音」として感じ取るのです。
 

 
さて、鯉はどのくらいの音の範囲を聞くことができるのでしょうか。
魚類学者の研究によると、鯉の内耳が感知できる周波数帯はおよそ100〜1500Hz。しかし実際に聴覚中枢にしっかりと伝達され、音として認識されている範囲は100〜700Hzだそうです。つまり、鯉の「実質的な可聴範囲」は100〜700Hzといえるでしょう。
ちなみに、人間の可聴域はおおむね20〜20000Hzとされていますので、鯉のそれはかなり狭く、しかも低音域に限られていることがわかります。
 
参考までに、身の回りの音と周波数を照らし合わせてみましょう。
たとえば、NHKの時報「ポッ、ポッ、ポッ、ピーン」の音は、最初の「ポッ」が440Hz、最後の「ピーン」が880Hz。一方、NTTの117番で聞ける時報音は約415Hzと約830Hzです。
この時報の例で見ると、鯉は最後の高い「ピーン」の音は聞こえず、最初の「ポッ」の音までは聞き取れていると考えられます。また、音階表で左側にある「ド」よりも1オクターブ低い「ド」は110Hz程度で、この辺りまでは鯉が認識できる音域に入るようです。
 

 


《参考文献》
1)「魚との知恵比べ」 川村軍蔵(成山堂書店)
2)「釣りの科学」 森秀人(講談社)
3)「釣り魚博士」 岩井保(保育社)
4)「魚の博物事典」 末広恭雄(講談社)
5)「日本の魚」 上野輝彌・坂本一男(中公新書)
6)「コイの釣り方」 芳賀故城(金園社)