浮世絵(2)
初版 2008.7.27
《要約》
- 『大日本物産図会』は明治初期に日本各地の産物や産業を紹介する目的で刊行されたものである。
- 常州(現在の茨城県)の鯉漁は、漁師が川に入り直接鯉を抱き取るという大胆な方法で行われていた。
- 描かれた鯉は三尺級の大物で、図会の性格から見ても誇張ではなく実在した可能性がある。
- 稚魚放流のない時代にこれほどの魚影があったことは、当時の自然環境の豊かさを物語っている。
「大日本物産図会」に描かれた豪快な鯉漁
「大日本物産図会」とは、明治初期に日本各地の産物や地場産業を紹介するため、日本橋の万屋孫兵衛によって刊行されたシリーズです。ここに紹介する作品も、そのひとつにあたります。絵の中には当時の漁法に関する解説が添えられており、その内容を以下に引用いたします。
鯉は上州武州の利根川に多いがなかでも当国の川々のものは佳味である。川中に網を張りまわし、漁者は水中に飛び込み鯉を抱き上げ、左手で鯉の目をおさえて浮き上がりビクへほうり込むのだが、際立った手練である。
(「浮世絵 一竿百趣」金森直治 つり人社p180より引用)
常州の鯉漁の背景
「常州(じょうしゅう)」とは常陸国、すなわち現在の茨城県にあたります。ちなみに、上州は群馬県、武州は現在の埼玉県から東京都、神奈川県北部を指します。江戸の末期から明治初年にかけて、この地ではこうした豪快な漁法が一般的だったのでしょう。
それにしても、描かれている鯉はどれも立派な大物ばかりです。地場産業を紹介する目的の図会であることを思えば、現実離れした誇張とは考えにくく、実際に三尺(約90cm)級の鯉が生息していたとしても不思議ではありません。
魚影の豊かさと自然の恵み
当時はもちろん稚魚の放流などなかった時代です。それでも、漁師が一匹ずつ鯉を抱き上げられるほどの魚影があったとすれば、これはもう、よほど自然環境が恵まれていた証拠でしょう。百数十年前の利根川水系には、いまでは想像もつかないほどの命の営みがあったに違いありません。
大日本物産図会 常州鯉ヲ抱取ル図
出典)「浮世絵 一竿百趣」金森直治 つり人社 p181
参考文献
1)「浮世絵 一竿百趣」金森直治 つり人社