琴高仙人図
《要約》
- 琴高仙人は鯉にまたがる仙人として知られ、登龍門の故事と結びつき、日本でも多くの絵画に描かれた。
- 雪村は感情豊かで人間味ある仙人像を描き、光琳は装飾性と上昇志向を感じさせる表現で対比的。
- 伊万里焼の作品では、喜びあふれる表情や鯉のユーモラスな描写が食器の絵として印象的。
- 応挙の作品では仙人が二匹の鯉に立つ大胆な構図で、波や目の表現が非常にリアルかつ躍動的。
中国由来の仙人像と琴高仙人
中国の芸術の影響を色濃く受けた日本では、古代中国の仙人がしばしば登場します。そのなかでも特に、鯉にまたがる「琴高(きんこう)仙人」を描いた作品が数多く残されています。
琴高仙人は、中国・周の時代の人物で、琴の名手だったと伝えられています。およそ200年のあいだ諸国を放浪したのち、「龍の子を捕まえてくる」と弟子たちに告げて川に飛び込みました。そして約束の日、弟子たちの前に、鯉にまたがって現れたとされています。
この話は、「登龍門」の故事――すなわち、鯉が滝を登って龍に変わるという伝説――と密接に関係しています。琴高仙人の言う「龍の子」とは、まさしく鯉のことだったのです。
水墨画に描かれた琴高仙人 ― 雪村周継の世界
雪村「琴高群仙図」
出典)『別冊太陽 水墨画発見』山下裕二編 平凡社 p65
上の「琴高群仙図」は、琴高仙人が弟子たちの見守る中、鯉にまたがって姿を現した場面を描いています。この絵を描いたのは、雪村周継(せっそんしゅうけい)。1500年頃、常陸国(現在の茨城県)で戦国武将・佐竹氏の長男として生まれましたが、若くして常陸太田の正宗寺に入り、画僧の道を歩みます。
関東各地を遍歴し、水墨画を極めた雪村は、晩年を岩代国三春(現在の福島県)で過ごしました。仙人や隠者を好んで描いたことから、「自身もまるで仙人のような生活を送っていた」と言われることもあります。
琳派の画才 ― 尾形光琳による琴高仙人
次にご紹介するのは、江戸時代を代表する画家・尾形光琳による「琴高仙人図」です。光琳は1658年、京都の呉服商の次男として生まれました。遊興にふけり、借金に悩まされることも多かったようで、弟で陶工の尾形乾山からもたびたび金銭の援助を受けていたと伝えられています。
そのような生活とは裏腹に、彼の絵画には卓越した才能が表れており、国宝にも指定されている「紅白梅図屏風」や「燕子花図屏風」などが代表作として知られています。
琴高仙人図に見る光琳の挑戦
尾形光琳「琴高仙人図」
出典)『水墨画の巨匠 第六巻 宗達・光琳』講談社 p61
こちらは、尾形光琳による琴高仙人図です。独特の波の描法は、彼の他の屏風絵などでも試みられていますが、専門家のなかには「この波には闊達さが欠ける」と評する人もいます。技法としてはまだ発展途上だったのかもしれません。
雪村と光琳、二人の作品を比べてみると、琴高仙人の表情に大きな違いがあります。雪村の描く琴高は、うつむき加減でどこか困ったような表情。一方、光琳の琴高は、顔こそはっきり描かれていないものの、天に昇る鯉に悠然とまたがり、余裕ある風情が漂っています。
感情豊かな雪村の作品と、上昇志向を象徴する縁起物としての光琳の作品。同じ題材でありながら、まったく異なる表現を見せてくれるところに、深い魅力があります。
喜びあふれる伊万里焼の琴高仙人
色絵 琴高仙人文 鉢 伊万里(17世紀末~18世紀初)
出典)『古伊万里 赤絵入門』中島誠之助 平凡社
こちらは、伊万里焼に描かれた琴高仙人の図柄です。まるでロデオを楽しむかのように、大喜びの琴高が描かれており、その表情がなんとも印象的です。また、それを見上げる鯉の目の描写にも注目が集まります。
このような陽気で明るい表現は、食器に描かれる絵柄として非常に理にかなっています。見る者の気持ちを明るくし、食事をより楽しいものにしてくれることでしょう。
二匹の鯉に立つ仙人 ― 円山応挙の革新
円山応挙「波上群仙図」
出典)『水墨画の巨匠 応挙』講談社 p40
少し趣の異なる琴高仙人像もご紹介しましょう。円山応挙によるこの絵では、これまでの作品とは異なり、琴高仙人が二匹の鯉の背に立っています。大胆な構成ながらも、中国画の影響が強く感じられる作風です。
水面に立つ仙人の姿は、自然体でありながらもリアルな存在感を放っています。応挙は、人物表現において人体の構造を深く理解するため、男女問わず裸体の写生を行い、研究を重ねたと伝えられています。実際に人物画を描く際には、まず裸の姿を描き、その上から衣装を重ねるという手法をとっていたようです。
鯉の描写もまた印象的です。波間に溶け込むような魚体に対し、力強く描かれた鯉の目が生命感を際立たせています。さらに波の表現に目を凝らすと、今にも動き出しそうな錯覚を覚えるほどの躍動感があります。
《参考文献》
1)『重要文化財10 絵画Ⅳ』 文部省文化庁監修 毎日新聞社編集 毎日新聞社
2)『別冊太陽 水墨画発見』 山下裕二編 平凡社
3)『水墨画の巨匠 第六巻 宗達・光琳』 加山又造・平山郁夫・村重寧 講談社
4)『古伊万里 赤絵入門』 中島誠之助 平凡社
5)『水墨画の巨匠 応挙』 安岡章太郎・佐々木丞平 講談社