三十国春秋
《要約》
中国の古書『三十国春秋』に、王祥(王延とも)が厳冬に鯉を得て継母に尽くした孝行物語が記されている。
王祥は冷遇されながらも継母に仕え、寒中に生魚を所望されて池に出かける。
氷上で裸になり体温で氷を溶かすと、奇跡的に鯉が現れ、それを継母に献じた。
これを機に継母の心が改まり、王祥は実の子のように愛されるようになった。
中国の古典に『三十国春秋(さんじっこくしゅんじゅう)』という書物があります。これは魏晋南北朝時代の諸国について記された歴史書で、後世の孝行物語や人物評にもしばしば引用されております。現存はしておらず、『太平御覧』などの文献を通してその逸話が知られています。
その中に、親孝行の象徴として語り継がれてきた一人の少年、王延(おうえん)の物語があります。この話は、中国で孝行の手本として称えられた王祥(おうしょう)の伝記『王祥伝』とも通じる内容です。王祥もまた、寒中に氷を割って鯉を得たという話で知られており、王延の物語もその変奏として広まったのかもしれません。
孝行少年・王延の話
時は晋の時代、王延という名の少年がおりました。わずか9歳で母を亡くし、後妻の継母・ト氏に育てられていました。継母は王延に冷たく、衣類も食事も十分に与えませんでした。それでも王延は、冬には継母の着物を温め、夏には枕元で扇を振るなど、誠心誠意尽くしていたといいます。
ある年の冬のこと、継母がこう命じました――「生の魚が食べたい。獲ってきなさい」。雪深い季節、魚など到底手に入るはずもない中、王延は「はい」と頭を下げて吹雪の中へと出ていきました。ぼろ着一枚、素足にわらじも履かず、手にしたのは竹のザルひとつ。凍えながら歩き、やっとの思いで見つけた池も氷に覆われ、子供の力ではとても割れません。
王延は、もはや着物を脱ぎ、裸のまま氷上に横たわりました。己が体温で氷を溶かそうとしたのです。どれほどの時間が経ったことでしょうか。突如、氷がすっと割れ、そこから一匹の鯉が姿を現しました。
王延は喜び勇んで鯉を持ち帰り、料理して継母に差し出しました。「お母様、どうぞ召し上がってください」。継母はじっと鯉を見つめた後、ふと箸を置き、王延を抱きしめながら言いました。「私が間違っていた……どうか許しておくれ」。その目には涙があふれていました。
この出来事をきっかけに、継母の心は和らぎ、以後は我が子のように王延を大切に育てたと伝えられています。
《参考文献》
1)『魚の博物事典』 末広恭雄 講談社
2)『川の魚』 末広恭雄 ベースボールマガジン社