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日本の食文化と鯉

初版 2005.11.27

《要約》

  • 奈良・平安時代の魚食文化:古事記・日本書紀に魚介類が多く登場し、特に淡水魚の鯉が重視されていた。京の内陸立地により川魚が貴重だった。
  • 仏教と食文化:「食肉禁止令」により獣肉忌避が進み、魚中心の食文化が形成された。
  • 時代ごとの鯉料理:鎌倉から江戸時代にかけても鯉は重要食材であり、蒲鉾や陣中漬け、切腹膳などにも用いられた。
  • 現代の鯉料理事情:鯉はかつて東北で日常的に食されたが、現在は一部の川魚料理店でしか見かけなくなった。

奈良時代の魚食文化

古事記(712年完成)、日本書紀(720年完成)では、鯉を含め多くの魚介類が登場します。これらの記述からも、日本では古代から魚食文化が発達していたことがうかがえます。
古事記の編纂を命じた元明天皇が平城京に都を移した710年から、桓武天皇によって平安京に遷都された794年までの約80年間が奈良時代とされています。この時代の食文化は、獣肉への依存度が小さく、魚肉の重要性が高まった時代でした。特に、サケ、マス、アユ、鯉、フナなどの淡水魚が重要視されていました。
当時は「魚がいちばん、鳥はそのつぎ。魚のなかでは川魚が上、海の魚は下。魚のなかでは鯉がいちばん、スズキがこれにつぐ」と言われており、鯉の重要度がよくわかります。その背景には、内陸に位置する京の都には鮮度のよい海水魚が届きにくく、淡水魚が身近で新鮮な魚だったという事情があったと考えられます。
 

平安時代の魚食文化

桓武天皇が平安京に都を移した794年から、源頼朝が征夷大将軍に就任した1192年までの約400年間が平安時代とされています。この時代は、日本の魚料理の原型がほぼ出揃った時期といえます。なます、すし、あつもの、あえもの、塩漬け、酢漬け、焼き物、つつみ焼き、蒸し物などの技法がすでに確立されていました。
 

鎌倉時代の魚食文化

鎌倉時代(1185年〜1333年)の随筆『徒然草』にも、鯉料理が御前料理として登場します。また、室町時代(1338年〜1573年)の書『四条流包丁書』には、「コイの調理こそが料理である」と明記されており、淡水魚の優位はこの時代にも続いていたと考えられます。
 

「食肉禁止令」の影響

こうして日本の食文化を振り返ると、農耕文化が発達しても獣肉より魚肉が主流であった背景には、天武天皇(673年〜686年)時代の影響があると考える説があります。
676年、天武天皇は「食肉禁止令」を発令しました。これは「牛、馬、犬、猿、鶏の肉を食べてはならない」というものでした。この背景には、仏教が盛んになり、四足動物を忌避し、魚を尊ぶ風潮が定着したことがあります。この禁止令が後の奈良、平安、鎌倉時代の食文化、さらには「魚食日本」を形作ったといっても過言ではありません。(詳細は「禁漁のはじまり」のページ参照)
 

蒲鉾と鯉

蒲鉾の発祥は、神功皇后(170年〜269年)が三韓渡航の途中、魚肉に塩を加えてすり潰し、鉾に塗って焼かせたことに始まるとされています。後の1528年、室町時代の書『宗五大双』には、蒲の穂に似せて作ったことから蒲鉾と呼ばれるようになったと記されています。当時の蒲鉾の原料には、ナマズや鯉が上等とされていました。江戸時代に入ると、関西ではハモ、関東ではアマダイ、ヒラメ、キスが使われるようになり、現代ではスケトウダラやエソが主流となっています。
 

室町時代戦国期の陣中漬け

戦国期に活躍した武田信玄(1521年〜1573年)は、川中島の戦いで負った刀傷を下部温泉で治療しました。この際に生み出された保存食が陣中漬けです。鯉を三枚におろして切り身にし、から揚げにした後、醤油とみりんをベースにしたたれに1〜2日漬け込みます。それを取り出し布に包み、水飴で溶いた味噌の中にさらに1ヵ月ほど漬け込んで完成させるもので、濃い味付けによって長期保存が可能でした。
 

江戸時代の魚食文化

江戸時代には、将軍のお膝元である江戸でタイが賞味されるようになります。江戸前により新鮮な海の魚介類が手に入ったことが背景にあります。この時代には、鯉とタイの優位性が逆転し、タイは「大位」、鯉は「小位」と称されました。それでも鯉料理は研究され続け、江戸時代前期に書かれた『本朝食鑑』では「その味わい、産する所の水に拠りて好悪有り」と記され、大阪・淀川産の鯉が最上とされ、京都・宇治川や琵琶湖の鯉がこれに次ぐとされています。肉色については「紅白を交え、桃花の盛りのように美しい」と表現されました。関東の浅草川(隅田川)の鯉も紹介されていますが、水の濁りや海に近いことから、味は劣るとされていました。
 

江戸時代の切腹料理

長い歴史を持つ鯉料理ですが、一般的に鯉は焼き魚にはされませんでした。明治時代に篠田鉱造が記した『幕末明治・女百話』によれば、江戸時代の風俗習慣では、鯉の生き作りは祝儀に用いられた一方で、鯉の焼き物は不吉な場面、たとえば切腹前の御供膳(おみおぜん)に供されたといいます。
 

現代の鯉料理

鯉の旬は春と冬とされますが、とくに「寒鯉」は春よりも味がよいといわれます。脂質含有量は6%程度で、やや脂があります。たんぱく質含有量は約17%で、海の白身魚と同程度です。養殖鯉は天然鯉より脂質が多く、10%程度になります。代表的な鯉料理には「鯉の洗い」や「鯉こく」があり、味にクセがあるため、味噌仕立てや甘露煮といった濃い味付けが適しています。昭和の半ばごろまでは、私の故郷・東北でも日常的に鯉料理を食べていた記憶がありますが、現在では川魚料理店など限られた場所以外では、鯉を食べる機会がほとんどなくなりました。
 


参考文献
1)『お魚の文化誌』 有薗眞琴 舵社
2)『釣魚をめぐる博物誌』 長辻象平 角川書店
3)『全現代語訳 日本書紀 上/下』 宇治谷孟 講談社
4)『日本書紀 上』 井上光貞 監訳 中央公論社
5)『古事記(上)(中)(下)』 全訳注 次田真幸 講談社
6)『魚料理のサイエンス』 成瀬宇平 新潮社
7)『魚たちの風土記』 植条則夫 毎日新聞社