呼吸
《要約》
- 魚のエラは「鰓耙」「鰓弓」「鰓葉」からなり、特に鰓葉は高効率なガス交換機能を持つ繊細な器官。
- 血液と水が逆方向に流れる「対向流」により、酸素摂取効率が約80%と非常に高い。
- 種類によって鰓葉の面積は異なり、活発に泳ぐ魚ほど面積が大きい傾向がある。
- 魚は水中の少ない酸素でも生きられるが、空気中ではエラの構造が機能せず呼吸できない。
誰でも知っているように、魚は口から水を取り込み、エラブタから水を排出することで呼吸しています。この一見単純な呼吸動作の背後には、実は非常に精巧なエラの仕組みが隠れています。ここでは、エラの構造と呼吸の仕組みについて、少し詳しくご紹介していきたいと思います。
まず、下の写真は鯉のエラブタを軽く開けて中を見た様子です。真っ赤なヒダが何段にも並んでいるのがわかります。赤く見えるのは、毛細血管がびっしりと通っており、そこを流れる血液の色が透けて見えているためです。
さらによく観察すると、一列ごとのエラが互いにつながっておらず、それぞれの列にわずかに長さの違いがあることも見て取れます。それでは、もう少し詳しく見ていきましょう。
下図に示したように、エラは「鰓耙(さいは)」「鰓弓(さいきゅう)」「鰓葉(さいよう)」の3つの部位から成り立っています。まず鰓耙は、口から吸い込まれた水の中に含まれる固形物をふるい分ける、いわば濾過器の役割を果たします。固形物にはエサもあれば、小石などの異物もあります。鰓耙は口の内側に露出しているため、異物はここで選別され、エサであれば飲み込まれ、不要なものは吐き出されるのです。
魚の食性によって鰓耙の形はさまざまで、たとえばプランクトンを主食とするヘラブナは、微細なエサをとらえるために鰓耙がとても細かくなっています。雑食性で比較的大きなエサも食べる鯉は、それに比べるとやや粗く短い鰓耙を持っています。なお、鰓耙は骨のような白っぽい色をしているのが特徴です。
一本の鰓弓からは、2列の鰓葉が出ています。鰓耙も鰓弓から生えていますが、これらはそれぞれ別の組織です。鰓弓の後方には鰓葉が並び、ここで水中の酸素を取り込み、同時に体内の二酸化炭素を放出するという、重要なガス交換が行われています。鰓葉は「鰓弁(さいべん)」とも呼ばれています。
先ほどの写真に見える真っ赤なエラが、まさにこの鰓葉です。一枚の扇状の構造に見えますが、実際には細い繊維状の器官が一列に整然と並び、扇のような形を作っています。そして、一本の鰓弓からは左右2列の鰓葉が伸びており、鰓弓は左右あわせて4本、鰓葉は8列あることになります。
なお、これとは別に、鰓弓を持たず、鰓葉だけが左右1対存在する「偽鰓」と呼ばれる構造もあります。これは他の鰓葉よりも小さく、目立たないものです。魚類学的には、鰓葉は片側に5対あるとされていますが、実際に鰓弓として骨格を持つのは4本です。
空気中には酸素が約21%含まれていますが、淡水中に存在する酸素はわずか0.005~0.006%ほどしかありません。哺乳類である私たちの肺の酸素摂取効率は約20%ですが、酸素の乏しい環境に生きる魚類のエラは、なんと約80%という非常に高い効率で酸素を取り込んでいます。この高効率を実現しているのが、鰓葉の巧妙な構造です。
下の左図は、鰓弓とそこから出た一対の鰓葉の断面図です。入鰓動脈から流れてきた血液は、小入鰓動脈(赤線)を通って鰓葉へと送られます。鰓葉の表と裏には、さらに細かな「二次鰓葉(または二次鰓弁)」が並び、その中を鰓毛細血管が走っています。血液は毛細血管を通って小出鰓動脈(青線)に至り、出鰓動脈へと戻っていきます。
右の図は、二次鰓葉を拡大した模式図です。ここでは、毛細血管を通る血液が赤い矢印の方向に流れています。一方、鰓葉を通る水の流れは血液とは逆方向、すなわち「対向流」となっています。これが、酸素摂取を効率化している大きな理由です。もし水と血液が同じ方向に流れていたなら、これほどの効率は得られません。この原理は、工業分野でも熱交換器などに応用されています。
参考文献1のデータをもとに、単位体重あたりの鰓葉面積(c㎡/g)を下表にまとめてみました。マグロは絶えず泳ぎ続ける回遊魚で、体内の酸素消費量が非常に多いため、鰓葉面積も8.85c㎡/gと大きくなっています。カツオはそれ以上、マアジもマグロに近い数値です。
回遊魚は口を開けて泳ぐことで、海水をエラに送り込んで呼吸する「ラム通気」によって効率的な呼吸をしています。
一方、鯉は1.39c㎡/gと、海水魚に比べてかなり小さい値です。これは、鯉の暮らす環境が比較的穏やかな水域であり、ふだんの泳ぎも緩やかなことから、酸素消費量も少なくて済むためと考えられます。そのため、海水魚やほかの淡水魚に比べて、必要とされる鰓葉面積も小さくて済んでいるのではないでしょうか。
また、海水魚と比べて、鯉・フナ・ドジョウ・ウナギなどの淡水魚は、水から出してもすぐには死にません。これは、水から上げられてエラ呼吸ができなくなった際、体内に蓄えたグリコーゲンを使ってしばらくの間生命を維持しているからです。淡水の方が環境変化が激しく、その中で生き抜くための適応が進んだ結果とも言えるでしょう。
ひとつ、私の記憶からご紹介させてください。昔、私の母方の祖母が、自宅の堀で育てた鯉を一匹、お土産として私の家まで届けてくれたことがありました。水から上げてから数時間は経っていたと思います。濡らした新聞紙で鯉を包み、ビニール袋に入れ、さらに風呂敷で背負って、バスに乗ってきてくれました。
小柄な体で大きな鯉を背負ってきてくれたその姿が、今でも目に浮かびます。家で袋を開けてみると、鯉はまだ元気に動いていて、子どもながらに鯉の生命力の強さに深く感動したことを覚えています。その後すぐに料理されたのは言うまでもありません。
さて、話を本題に戻しましょう。エラは非常に高度な機能を持っている反面、とても繊細な器官でもあります。釣り上げた後にエラを傷つけてしまうと、動脈から出血し、命に関わることになります。エラの動脈は心臓に近く、出血すれば致命的です。リリース前には、エラに傷をつけないよう十分に注意して扱うことが大切です。
また、もともと水中の酸素は少ないのですが、それがさらに低下すれば、魚の酸素摂取量にも大きな影響が出ます。私たち鯉釣り師の間では、天候が荒れた後に鯉の活性が上がることや、ふだんから水通しの良い場所に鯉が集まることを経験的に知っていますが、これも溶存酸素量が深く関係していると考えられます。
最後に、釣った鯉を取り込む際、空気を何度か吸わせるとおとなしくなることがあります。水中よりもはるかに多くの酸素が含まれている空気を吸っているのに、なぜ元気がなくなるのでしょうか。不思議に思われる方もいらっしゃるでしょう。
実は、これがエラの最大の弱点ともいえる点です。水中では素晴らしい機能を発揮する鰓葉ですが、水から出されると二次鰓葉同士がぴったりとくっついてしまい、呼吸機能を果たせなくなってしまいます。空気を吸わせると元気がなくなるのではなく、エラの機能が停止してしまうために、呼吸ができなくなっているのです。
《参考文献》
1)「釣りの科学」 森秀人 講談社
2)「魚の生活」 末広恭雄 ベースボールマガジン社